仙台高等裁判所 昭和34年(う)526号 判決 1960年5月17日
被告人 先崎博
主文
原判決中被告人に関する部分を破棄する。
被告人を懲役五月に処する。
原審における未決勾留日数中一〇〇日を右本刑に算入する。
原審における訴訟費用中証人吉田慶喜、同吉田千代吉、同長窪伝、同宗像喜広、同宗像ヨネに各支給した分は被告人及び原審相被告人遠藤省三、同村上守の連帯負担とする。
本件公訴事実中後記、偽造証憑使用の教唆の点については、被告人は無罪。
理由
(弁護人の)趣意中四、五について、
しかし被告人が自己の刑事被告事件につき虚偽の陳述をしても犯罪とならないのは、被告人という身分に鑑み真実を陳述することを期待することが不可能であるから、責任阻却事由あるものとして不問に附するにすぎず、従つてかかる期待不可能による一身的責任阻却事由はただ被告人が単独で虚偽の陳述をする場合にのみ肯認されるのであつて、他人を教唆して虚偽の陳述をさせる偽証教唆の場合にまで右の理論を拡張することは許されないと解すべく、この理は偽造証憑の使用教唆についても妥当する。又記録を精査しても本件において被告人に所論期待可能性のない事由を認め難い。論旨はいずれも理由がない。
以上の次第で原判決には所論のごとき事実誤認、法令の適用の誤、ないし理由不備は存しない。
同趣意中一、二、三(偽造証憑使用教唆罪につき事実誤認等)について、
原判決挙示の当該証拠によれば原判示第一の(三)(四)の事実即ち被告人は前記被告事件の控訴審において虚偽の事実を立証しようと企て、吉田慶喜との示談はその後においても成立したことはなく従つて慶喜において受領の意思を表示せず、同人に対し送金するも受領しないことを知りながら(現に慶喜は受領を拒絶している)同三三年六月二四日郡山市郡山郵便局において同人宛各金五万円を封入した現金書留郵便二通を勝手に発信して同郵便局員から現金五万円二口計一〇万円の書留郵便物受領証の交付を受けたこと、被告人は判示のごとくこれを自己の弁護人たる原審相被告人遠藤省三に手渡し控訴裁判所に対し慶喜との示談は慰藉料一〇万円で解決した旨虚偽の事実立証の証拠として提出するよう要求し、同弁護人をしてその旨決意させ、同人をして判示(四)記載のごとく同人をして同裁判所に右受領証を提出せしめたことが夫々認められ原審認定事実には所論のごとき事実誤認ないし理由不備は存しない。しかしながら、刑法第一〇四条にいわゆる証憑の「偽造」とは実在しない証拠を実在するごとく新に作り出すことをいい、事実を虚構することが、その概念要素であり、この点「変造」が既存の証拠に変更を加える以上、必ずしも事実を虚構するを要せず真実に合致するごとく変更するも妨げないのとは異るのである。
本件において、被告人が郡山郵便局員に対し、慶喜宛に真実、送金の手続をとり交付を受けた判示現金書留郵便物受領証は、真実送金した事実を証明する文書であり、右文書の発行を受ける行為は、たとえ、被告人において慶喜との間の示談が成立していないのに、右受領証をもつて右示談が成立し示談金を送金したとの虚偽の事実を立証するためであり、かつまた、慶喜において示談不成立を理由に受領を拒絶することを知つていても、どこまでも、送金の事実を証明する証拠を作り出したまでであつて、証拠を「偽造」したとはいい難い。けだし、新に作り出された証拠自体が「偽造」のものでなければならないからである。
なお、また、送金の事実を証明する文書は、往々送金にかかる金員を相手方が受領したものと考えられることはあつても、右受領証の交付を受ける所為をもつて、送金された金員を相手方が受領した事実を証明する証拠を虚構したものとはいい得ない。もつとも真正な文書でもこれを利用し或は状態を作為することにより証拠を虚構することはあり得る。例えば返金の事実をも記載することとなつている帳簿に故ら返金の事実を記入せずに、真実なした送金の事実のみを記入し、この帳簿をもつて相手方が送金にかかる金員を受領した証拠を偽造するごとき場合である。しかし本件はかかる場合であるとは認められない。
それ故、右書留郵便物受領証をもつて偽造の証拠と認め被告人の判示所為に対し偽造証憑使用罪の教唆犯をもつて問擬した原判決には法令の解釈適用を誤つた違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、この点において原判決は破棄を免れないところ右の罪は原判示偽証教唆の罪と併合罪として処断されているので原判決中被告人に関する部分を全部破棄すべきものとする。
(その余の判決理由は省略する。)
(裁判官 籠倉正治 斎藤勝雄 岡本二郎)